2011年2月22日火曜日
「信頼が引き出す人の力」Part3 精密部品会社社長 松浦元男さんのお話 2010年4月24日放送分
***********************************
2010年4月24日放送のラジオ深夜便明日へのことば「信頼が引き出す人の力」
精密部品会社(樹研工業)会長の松浦元男さんのお話を要約中。
*インタビューのパートは●印で表しています。
***********************************
●30にもならない若者によくそれだけ応援団ができましたね
驚きました
一生懸命やっていてよかったと思う
自分でいうのも変だが5年間、命がけで仕事をしていた
5年間でだいたい普通の人の定年迄の仕事をしたと思っている
忙しい時は畳の上で寝たのは1ヶ月で3日とか
そのぐらいの勢いで仕事をしていた
●その時は営業をしていたのですか
いろいろなことをしていた
当たるを幸いに
開発から営業から工場の改善から品質管理まで
一切合切、首を突っ込んで、暴れまわっていた
そのぐらい当時の日本の企業は遅れていた
私はどちらかというと頭でっかち、勉強が進んでいたので
あれもこれも遅れていると感じて
がんがらがんがらやって
随分と憎まれもしたと思う
後になって皆さんに重宝がられた
お前あの頃は面白いことやっていたよと、懐かしがられた
●とことん突き詰めるタイプなのですか
というより、
ひとつの事件にぶつかると
そこですぐ、バァーと夢が広がってしまう
こうしよう、ああしようと
うちの社員にもよく言うのだが
「構想力を持ちなさいと」
言われることをごちゃごちゃやるだけではなくて
それを通じて俺ならこうするぞと
やっぱり自分の構想をもたないと仕事はつまらないよと
●サラリーマンの5年間でやりたいことが明確になり、準備をしていた?
そういわれればそう
自分では意識はなかった
●一生懸命やっていれば人が見てくれると感じられたわけですね
それはサラリーマンの時だけじゃなくて
高校生の時にアルバイトを30ぐらいやっていて
ほとんど学校は休んでいた
●どんなアルバイトをしていたのですか
洋服屋の店員とか、菓子屋の職人とか、ダンスホールのボーイとか
アルバイト禁止だからもちろん隠れてやっていた
ちょっと空いている時間があると、いかがですかと売り込んだ
それで一生懸命やっていた
そうしたら何軒かお店から、
ウチは跡取りがいないから養子にならないかと声をかけられ
親父に怒られた
見られている意識があるわけではなく、とにかくのめり込んでしまう
それを誰かが見てくれていたのだと思う
ラベル:
明日への言葉・心の時代
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 コメント:
コメントを投稿